「ウサギとカメ」と似ている話
(マルク地方の民話)
この 話は、この 地方の 島々が、今より ずっと 緑に おおわれて いた、 昔々の ことです。
この 地方の 海辺で シカと ヤドカリの 競争が 行われたそうです。海辺には 砂浜が 広がり、近くには 草地や 岩場が あり、遠くには 岬が 見えます。砂浜や 近くの 草地、岩場には、いろいろな 植物が 生え、動物が 住んで います。
海辺から 陸の 方へ 向かって 進んで いくと、とても 美しい 森が あります。大木が こんもりと 葉を しげらせて います。森は いろいろな 動物や 植物の 命を 育んで います。
この 美しい 森に、一頭の シカが 住んで いました。枝分かれした 角を 持つ この シカは、食べ物を 探しながら、歩いて いました。
木々の 美しい 緑と、鳥の さえずりに、心 ひかれて 歩いて いる うちに、いつの間にか、シカは 森から 海辺へと 出て きました。そして、ヤドカリに 出会ったのです。
ヤドカリは 引き潮の 時に、浜辺で 見る ことが できます。背中に 巻貝の 形を した 殻を かついで います。体が 大きく なっても、殻は 大きく なりません。それで、体が 大きく なるに したがって、次から 次へと 殻を 変えるのです。やわらかい 体を この 殻に かくして、身を 守る ためです。
「おい、どうして そんな 大きな 石みたいな ものを かついで 歩いて いるんだよ」
突然、シカの あざけるような 声が 聞こえたので、ヤドカリは おどろきました。でも、負けずに 言い返しました。
「森に 住む 君が どうして ここに いるのさ」
「ヤドカリ君、まさか、この 浜が 自分の ものだと 思って いるんじゃない だろうね」
「もちろん、ぼくの ものさ」
ヤドカリは 当然のように、答えました。
こうして、シカと ヤドカリの 口論が 始まりました。口論は なかなか 終わりそうも ありません。そこで、シカが ある 提案を しました。
「言い合いを 続けても 仕方 ないよ。競争で 勝ち負けを 決めよう。ここを スタートして、第十一番目の 岬まで、どちらが 早く 着くか、競争しよう。もし、ぼくが 勝ったら、この 浜は ぼくの ものさ。その 時は、君は ここを 出て いくんだぞ。もしも、ぼくが 負けたら、森に もどる ことに するよ」
「いいだろう。じゃあ、競争は あさってに しよう」
「わかった」
シカは ピョンピョン、とびはねながら、森へ 帰って いきました。浜の ヤドカリは 仲間たちを 集めて、シカとの 競争に ついて 説明しました。そして、競争が 始まる 前に、仲間の 十一匹の ヤドカリを 十一の 岬に 一匹ずつ 配置する ことに しました。
「競争が 始まれば、敵が リードする はずだ。前を 走る シカは、後ろを 振り返って、速く 走れない ぼくを、バカに するに ちがいないよ。その 時、『今 どこに いる?』と シカに きかれたら、それぞれ 順に 『ここだよ』と 答えるんだ。そうすれば、十一番目の 岬に 着く 頃には、シカは すっかり つかれはて、力が つきて しまうから。こうすれば、必ず 勝てるよ。準備は いいね」
「いいよ」
二日後、シカは 時間 どおりに、ヤドカリの 待つ 浜へ 来ました。
「準備は いいか」
シカが たずねると、
「もちろん」
ヤドカリは 答えました。その 時は すでに、ヤドカリたちは それぞれの 岬に 一匹ずつ かくれて いました。
「さあ、始めよう」
シカは リードし、前を 走って います。一番目の 岬に 近づいた 時、シカは ずっと 後ろを ふり返って 言いました。
「さあ、もっと 速く 走れよ!こっちの ほうが 速いぞ」
ところが、第一番目の 岬に 着いた 時、シカが 後ろに いる はずの ヤドカリに 声を かけた ところ、岬に かくれて いた ヤドカリが 答えました。
「なに 言って るんだ。もう、ここに いるよ」
自分が おくれて いる ことを 知った シカは、さらに スピードを 速めて 走りました。このように して、第十一番目の 岬まで 競争が 行われました。
全速力で 走り続けた シカは、第十一番目の 岬に 着く 頃には、とうとう 力が つきて、バタンと 倒れて しまいました。
この ように して、ヤドカリは 競争に 勝つ ことが できました。そして、以前と 変わる こと なく、ヤドカリは 浜に、シカは 森に 住む ことに なった、と いう ことです。
奥付
「シカとヤドカリの競争」
続インドネシア民話の旅 ー小学生からおとなまでーより
2016年1月
発行所:株式会社つくばね舎
編・訳:百瀬侑子
絵:レニ アングラエニ( Reni Anggraeni)
日本語朗読:杉山きく子
企画・制作:多言語絵本の会RAINBOW
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