シカとヤドカリの競(きょう)争(そう)

「ウサギとカメ」と似(に)ている話(はなし)
(マルク地(ち)方(ほう)の民(みん)話(わ))

1

 この 話(はなし)は、この 地(ち)方(ほう)の 島(しま)々(じま)が、今(いま)より ずっと 緑(みどり)に おおわれて いた、 昔(むかし)々(むかし)の ことです。
 この 地(ち)方(ほう)の 海(うみ)辺(べ)で シカと ヤドカリの 競(きょう)争(そう)が  行(おこな)われたそうです。海(うみ)辺(べ)には 砂(すな)浜(はま)が 広(ひろ)がり、近(ちか)くには 草(くさ)地(ち)や 岩(いわ)場(ば)が あり、遠(とお)くには 岬(みさき)が 見(み)えます。砂(すな)浜(はま)や 近(ちか)くの 草(くさ)地(ち)、岩(いわ)場(ば)には、いろいろな 植(しょく)物(ぶつ)が 生(は)え、動(どう)物(ぶつ)が 住(す)んで います。
 海(うみ)辺(べ)から 陸(りく)の 方(ほう)へ 向(む)かって 進(すす)んで いくと、とても 美(うつく)しい 森(もり)が あります。大木(たいぼく)が こんもりと 葉(は)を しげらせて います。森(もり)は いろいろな 動(どう)物(ぶつ)や 植(しょく)物(ぶつ)の 命(いのち)を 育(はぐく)んで います。

2

 この 美(うつく)しい 森(もり)に、一(いっ)頭(とう)の シカが 住(す)んで いました。枝(えだ)分(わ)かれした 角(つの)を 持(も)つ この シカは、食(た)べ物(もの)を 探(さが)しながら、歩(ある)いて いました。
 木(き)々(ぎ)の 美(うつく)しい 緑(みどり)と、鳥(とり)の さえずりに、心(こころ) ひかれて 歩(ある)いて いる うちに、いつの間(ま)にか、シカは 森(もり)から 海(うみ)辺(べ)へと 出(で)て きました。そして、ヤドカリに 出(で)会(あ)ったのです。 
 ヤドカリは 引(ひ)き潮(しお)の 時(とき)に、浜(はま)辺(べ)で 見(み)る ことが できます。背(せ)中(なか)に 巻(まき)貝(がい)の 形(かたち)を した 殻(から)を かついで います。体(からだ)が 大(おお)きく なっても、殻(から)は 大(おお)きく なりません。それで、体(からだ)が 大(おお)きく なるに  したがって、次(つぎ)から 次(つぎ)へと 殻(から)を 変(か)えるのです。やわらかい 体(からだ)を この 殻(から)に かくして、身(み)を 守(まも)る ためです。

3

「おい、どうして そんな 大(おお)きな 石(いし)みたいな ものを かついで 歩(ある)いて いるんだよ」
 突(とつ)然(ぜん)、シカの あざけるような 声(こえ)が 聞(き)こえたので、ヤドカリは おどろきました。でも、負(ま)けずに  言(い)い返(かえ)しました。
「森(もり)に 住(す)む 君(きみ)が どうして ここに いるのさ」
「ヤドカリ君(くん)、まさか、この 浜(はま)が 自(じ)分(ぶん)の ものだと 思(おも)って いるんじゃない だろうね」
「もちろん、ぼくの ものさ」
 ヤドカリは 当(とう)然(ぜん)のように、答(こた)えました。
 こうして、シカと ヤドカリの 口(こう)論(ろん)が 始(はじ)まりました。口(こう)論(ろん)は なかなか 終(お)わりそうも ありません。そこで、シカが ある 提(てい)案(あん)を しました。
「言(い)い合(あ)いを 続(つづ)けても 仕(し)方(かた) ないよ。競(きょう)争(そう)で 勝(か)ち負(ま)けを 決(き)めよう。ここを スタートして、第(だい)十(じゅう)一(いち)番(ばん)目(め)の 岬(みさき)まで、どちらが 早(はや)く 着(つ)くか、競(きょう)争(そう)しよう。もし、ぼくが 勝(か)ったら、この 浜(はま)は ぼくの ものさ。その 時(とき)は、君(きみ)は ここを 出(で)て いくんだぞ。もしも、ぼくが 負(ま)けたら、森(もり)に もどる ことに するよ」
「いいだろう。じゃあ、競(きょう)争(そう)は あさってに しよう」
「わかった」 

4

 シカは ピョンピョン、とびはねながら、森(もり)へ 帰(かえ)って いきました。浜(はま)の ヤドカリは 仲(なか)間(ま)たちを 集(あつ)めて、シカとの 競(きょう)争(そう)に ついて 説(せつ)明(めい)しました。そして、競(きょう)争(そう)が 始(はじ)まる 前(まえ)に、仲(なか)間(ま)の 十一(じゅういっ)匹(ぴき)の ヤドカリを 十(じゅう)一(いち)の 岬(みさき)に 一(いっ)匹(ぴき)ずつ 配(はい)置(ち)する ことに しました。
「競(きょう)争(そう)が 始(はじ)まれば、敵(てき)が リードする はずだ。前(まえ)を 走(はし)る シカは、後(うし)ろを 振(ふ)り返(かえ)って、速(はや)く 走(はし)れない ぼくを、バカに するに ちがいないよ。その 時(とき)、『今(いま) どこに いる?』と シカに きかれたら、それぞれ 順(じゅん)に 『ここだよ』と 答(こた)えるんだ。そうすれば、十(じゅう)一(いち)番(ばん)目(め)の 岬(みさき)に 着(つ)く 頃(ころ)には、シカは すっかり つかれはて、力(ちから)が つきて しまうから。こうすれば、必(かなら)ず 勝(か)てるよ。準(じゅん)備(び)は いいね」
「いいよ」
 二( ふつ)日(か)後(ご)、シカは 時(じ)間(かん) どおりに、ヤドカリの 待(ま)つ 浜(はま)へ 来(き)ました。
「準(じゅん)備(び)は いいか」
 シカが たずねると、
「もちろん」
ヤドカリは 答(こた)えました。その 時(とき)は すでに、ヤドカリたちは それぞれの 岬(みさき)に 一(いっ)匹(ぴき)ずつ かくれて いました。

5

「さあ、始(はじ)めよう」 
シカは リードし、前(まえ)を 走(はし)って います。一(いち)番(ばん)目(め)の 岬(みさき)に 近(ちか)づいた 時(とき)、シカは ずっと 後(うし)ろを ふり返(かえ)って 言(い)いました。
「さあ、もっと 速(はや)く 走(はし)れよ!こっちの ほうが 速(はや)いぞ」 
 ところが、第(だい)一(いち)番(ばん)目(め)の 岬(みさき)に 着(つ)いた 時(とき)、シカが 後(うし)ろに いる はずの ヤドカリに 声(こえ)を かけた ところ、岬(みさき)に かくれて いた ヤドカリが 答(こた)えました。
「なに 言(い)って るんだ。もう、ここに いるよ」
 自(じ)分(ぶん)が おくれて いる ことを 知(し)った シカは、さらに スピードを 速(はや)めて 走(はし)りました。このように して、第(だい)十(じゅう)一(いち)番(ばん)目(め)の 岬(みさき)まで 競(きょう)争(そう)が 行(おこな)われました。

6

 全(ぜん)速(そく)力(りょく)で 走(はし)り続(つづ)けた シカは、第(だい)十(じゅう)一(いち)番(ばん)目(め)の 岬(みさき)に 着(つ)く 頃(ころ)には、とうとう 力(ちから)が つきて、バタンと 倒(たお)れて しまいました。
 この ように して、ヤドカリは 競(きょう)争(そう)に 勝(か)つ ことが できました。そして、以(い)前(ぜん)と 変(か)わる こと なく、ヤドカリは 浜(はま)に、シカは 森(もり)に 住(す)む ことに なった、と いう ことです。

7

奥(おく)付(づけ)
「シカとヤドカリの競(きょう)争(そう)」 
続(ぞく)インドネシア民話(みんわ)の旅(たび) ー小学(しょうがく)生(せい)からおとなまでーより
2016年(ねん)1月(がつ)
発行(はっこう)所(じょ):株式(かぶしき)会社(がいしゃ)つくばね舎(しゃ)
編(へん)・訳(やく):百(もも)瀬(せ)侑(ゆう)子(こ)
絵(え):レニ アングラエニ( Reni Anggraeni)
日(に)本(ほん)語(ご)朗(ろう)読(どく):杉(すぎ)山(やま)きく子(こ)
企画(きかく)・制作(せいさく):多言(たげん)語(ご)絵本(えほん)の会(かい)RAINBOW

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