絵:いのう みどり
むかしむかし、台湾の山奥の村に、姉と弟が、お母さんといっしょに住んでいました。
ある日、お母さんは遠くの親戚の用事のために、山を越えて、出かけることになりました。
「お母さんは、どうしても今晩中には帰ってこられないけれど、二人でお留守番ができるかしら」
「ぼくは、お母さんがいないと、心配だなあ」と弟が言いました。
「大丈夫よ、私がいるから」と姉が言いました。
「ふたりとも、誰が来ても、戸を開けてはいけないよ。怖いトラババが来るかもしれないからね。あしたは、急いで帰ってくるから、お留守番、お願いね」お母さんは、こう言って出ていきました。
お母さんが出かけてしまうと、心細くてたまらない二人は、早く寝てしまうことにしました。
どれくらい時間が経ったのでしょう。
「トン トン」と戸を叩く音がします。「お姉ちゃん、だれか来たようだよ」「気のせいよ。寝ましょう」「ドン ドン ドン」「誰か来たよ」「誰でしょう・・・・」「開けておくれ。私は、お父さんのお姉さんだよ」しわがれた声が聞こえます。「お母さんが『誰が来ても戸を開けてはいけない』と言ったので、開けません」と姉が言いました。「お姉ちゃん、お父さんのお姉さんだって・・・」と、弟が心配そうな顔で言うと「私はお母さんに頼まれて、あんたたちの世話をするために来たんだよ。開けておくれ」という声が聞こえます。お母さんに頼まれたのなら、と思った姉は、戸を開けました。
すると、真っ白な髪を振り乱したおばあさんが、さっと家の中に入ってきました。「さあ、もう心配はいらないよ。今夜は、いっしょに寝てあげるからね」と言うので、弟は喜んで、おばあさんといっしょに寝ることにしました。
その晩のことです。「カリ、ポリ、カリ、カリ、ポリ、ポリ」という音で、姉は目が覚めました。おばあさんと弟が、いっしょに寝ている部屋をのぞくと、おばあさんが何かを食べています。
「おばあさん、何を食べているの?私もお腹がすいたので、ちょうだい」と言うと、「ほれ!」と言って、おばあさんが何かを投げてよこしました。姉が拾って、よく見ると、それは、弟の指でした。
「トラババだ。どうしよう。お母さんが言っていたトラの化け物だ。弟が食べられてしまった。次は私が食べられてしまう」
姉は、賢い女の子でした。何も気が付かないふりをして、「おしっこに行きたい」と言いました。そして、急いで、家の外にある便所のそばの大きな木に登りました。
いくら待っても、姉が戻ってこないので、トラババは姉を探しに外に出ていきました。
便所をのぞいても、姉の姿がありません。
「どこへ行った、出てこい」とうなり声をあげながら、便所の周りをぐるぐる歩き回っています。
ふと、手水鉢を見ると、月明かりに照らされて、何かが映っています。上を見上げたトラババは、大きな木に隠れている姉を見つけました。
「やい、降りてこい。一口で食べてやる」と、恐ろしいうなり声をあげました。姉は恐ろしくて、ガタガタ震えながら、「食べられても仕方がありません。でも、その前に、私の大好きな豆の油を飲ませてください」と頼みました。「私は、熱い油が好きなんです。それを一口飲んだら、降りていきます。どうか、台所で油を沸かして、その鍋を持ってきてください」
トラババは言われた通り、台所で油を沸かし、その鍋を木の下に持っていき、姉がぶら下げたひもに鍋を括りつけました。
「早く、油を飲め。飲んだら、すぐに降りてこい!」
姉はすばやく鍋を引き上げました。そして、飲んでいるふりをしながら、ようすを見ていました。
「何をしている!早く、降りてこい!」とトラババが大口をあけて、上を見上げたとき、姉はトラババをめがけて、鍋をひっくり返しました。煮えた油を飲まされたトラババは、恐ろしい声をあげて、のたうち回ったかと思うと、どさっと倒れてしまいました。
次の朝、お母さんが帰ってきました。「お母さ―ん」姉はお母さんにしがみついて、泣きました。
この話が、いつのまにか台湾中に広がり、みんながトラを退治するようになりました。それ以来、台湾には、トラが一頭もいなくなったそうです。
おくづけ
台湾のむかしばなし「虎姑婆(トラババ)」にほん語
文:多言語絵本の会RAINBOW
絵:稲生みどり
朗読:野中健吉
音楽:秋山裕和
企画:にほんごの会くれよん
制作:多言語絵本の会RAINBOW
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